未定1

生鮮概念市場までの道は5分ほどの、木に囲まれた道をゆく。朝の真夏の太陽が傾いたり動いたりするのを私は認識できない。太陽は時計の太い針のようにどこかで動いてるはずだけれどそれをなかなか見ることができないようにふと見るとすでに動いている。でもそれは誰にとってもそうだ。こうした太陽から放射線状に降ってくる野生の概念は家庭内での個人的な使用目的であれば拾って調理しても良いが、他人に譲渡したり、店舗で調理して提供するための拾得は我が国において違法である。数年前にそうした違法な概念「怠」を生で提供していた店舗が食中毒を引き起こし、現在は正規の仕入れをしたものでも「怠」の生食は禁じられているが、繁華街を歩く客引きのお兄さんお姉さんにこっそり「生、ありますよ」と言われることはある。あるいは、提供は皿に生で持ってこられるのだが、火入れをこちらで行うことを前提とした焼き「怠」を提供していることもあり、自己責任での生食を行う人が絶えない。私の店でそういったことを行うことはないが。

 私の名前は「杉山JP-50016ナツメ」といい、natsumesugiyamaというレストランをやっている。フレンチの形をとってはいるのだが、日本人が作るフレンチだ、やはり本場の感覚とは少し異なる。よく例にあげられるのが、"Je t'aime... moi non plus"という概念で、これを日本の技法で解釈しようとするとどうしてもできない。ここに日本調理の素材の限界のようなものがあって、概念を並べることすらできないが、これはフランス語を使いこなせることによって概念を認識することができるようになる、という噂。私はこの国の料理人だから、慣れ親しんだこの国の概念を扱うのに精一杯だ。ちなみに、"Je t'aime... moi non plus"は食べると人によっては喉を少し切ることがあり、甘いが油っぽく、痛い。こうした痛みを伴う料理は一般的に危険料理と言われ、それを悪用することによって殺人も行えるが、そもそもそこまでの技術を以って殺人をすることの意味もなかなかない上に原価も高い。そして調理している間に自らを蝕むこともあり、数十年前にはたまに自殺した料理人の部屋から調理中の危険料理が見つかることがあり、料理学校ではそうした事例とともに危険料理の根絶を訴えているが、トップを走る花形料理人の店で出るものはそうした危険料理すれすれのものが出ていることもある。海外では野生の概念の店舗調理が違法ではない国も多く、野生概念料理をうたう高級店が少なくない。世界のトップシェフ、Ferran FR-23453 albertoのスペシャリテ「逆初恋のタルト」や、「野生の太陽の光とアドレッセンスのカルパッチョ」などは革新的で美しい。日本では野生の太陽の光は違法であり、そのかわり生鮮概念市場で湿気とガラス通しを行い刺激を弱めたものが流通している。

生鮮概念市場では朝採れた新鮮な概念や素材が業者ごとに所狭しと並べられており、業者ごとに仕入れている概念の品質、種類に違いがある。「啞」「環」「美」「虚」「ヌ」「わ」あたりは高級店で使われる概念だ。「幸」「普」「楽」「強」「パ」「ま」あたりが安い店でも食べられる。安い店はわかりやすく、毎日食べても飽きない料理を出さねばならないから、素材も概念もありがちなものになる。もちろん使い方次第によっては高級料理に化けることもあり、そこが我々料理人の腕の見せ所だ。「殺」「恨」などは市場に出回ることはないし使わない。野生のものがあったとしても足で踏んで消してしまう。ともかく、馴染みの業者「12521ヌヌ鮮概産」では「啞」「環」「美」「虚」「ヌ」「わ」といった高級な概念が鮮度よく仕入れられており、早朝行かないと売り切れてしまう。「12521ヌヌ鮮概産」はその名の通り鮮度の良いヌが売りだ。

「おはようございます、今日は何にしましょう」

12521ヌヌ鮮概産の社長、川越12521氏は概念で汚れても良いように長靴とエプロンを着ているが、体が大きく少し肥満しているためエプロンが少し小さく見える。坊主もあって市場の男らしい風格だ。

「今日は虚と美が良さそうですね。」

「そうですね、美は夏は旬じゃないんですが、時期外れなのに随分いいですね、虚と一緒ならいいんじゃないでしょうか」

旬の「虚」はビニール袋に入れて沼の中で1週間ほど寝かせておき今日は1週間前の虚を提供する。美は塊のまま真空にし、低温でじっくり火を入れていく。それをスライスしたものにサーフィンの海風と岸壁のフライを添え、必然性と文豪のソースで提供するつもりだ。夏の美は多少マッチョで安い料理になりがちなので誰もやらないが、太陽の焼けた匂いをうまく扱えれば爽やかで少し狂気を孕んだ料理になる。狂気的な概念を使わずに醸し出す狂気はうちの、いや、私という料理人の売りだ。

発砲スチロールの中に氷と一緒に詰められた虚と美を台車に乗せ、店へと戻る。